夢妖 -1-




その日、龍麻の姿は学校にはなかった。
どうやら担任のマリアには連絡が入っているらしく、出席確認の時に名前を呼ぶこともしなかった。
風邪を引いたとも思えず、ひょっとしたら怪我でもと思ったのは、美里葵だけではなかった。
「緋勇さん…どうかしたのかな」
HR終了後に、小蒔が心配そうに葵に言った。そうね、と葵が返す。
そこへ赤毛の男が乱入し、
「っかー!あれがどうにかなるタマかよ!」
と茶化す。
小蒔がきっと睨むが、当の本人はまるできにせずへらへらっと笑った。
「どうせなんだかんだいいながらサボってやがんだろ。大事な……オヤクメとやらのためにな」
最後の方はやや忌々しそうな声音であった。京一のいささか乱暴な物言いに美里は眉をしかめたが、その辺りのもどかしさについては共感しているので、返す言葉はない。
「仕方ないだろう、京一。緋勇には緋勇の考えがあるのだろう」
こういう時に怯まず諌めるのは醍醐の役目である。醍醐のもっともな言い様に、しかし京一は眉間にシワを寄せた。
「んだったらよぉ、俺達にゃ関係ねーっていう、あの言い分も仕方ないって言うのかよ、醍醐」
「そうは言っておらん。だが……」
最後の方は低く発せられた。
今年に入って東京で起こっている様々な異変について、四人はもはや無関心ではいられなかった。
そして一連の事件と緋勇龍麻が何らかの関わりを持っている以上、彼女と関わらないわけにはいかない。
しかし彼女は四人とああした事件の場で関わることを激しく拒絶し、事件には関わるなと断じた。
最近では学校生活の中でも四人を避けるようになっている。
「やっだー!なーに暗い顔しちゃってるのよ四人ともぉ!」
場違いに明るい声が沈んだ空気を払拭した。遠野杏子ことアン子のおでましである。
「あれ?緋勇さんは?」
きょろきょろと見回すアン子に「欠席だとよ」と京一がぶっきらぼうに応える。
「へー、鬼の撹乱?それにしたって珍しいわねー、殺しても死ななそうな顔して」
酷い言い草だったが、事実を言い当ててもいた。
不謹慎ながら、小蒔はぷっと吹き出した。京一の顔も心なしか緩んでいる。
あしらわれようが呆れられようが、生来の無礼講のまま緋勇に接するアン子の神経は、それはそれで希有の才能かもしれないと小蒔はこっそり思っている。
「それよかさーあ、ちょっと聞いてよ!」
アン子がお得意の事件談義を始めた。低くなる声に、五人は額を付き合わせた。
「最近起こってる一連の事件!高校生が次々と昏睡状態に陥るっていうあれ、実はね……」
アン子の目がきらりと光った。
「あれ、実は………」
「実は?」
「500円」
「っだーーー!」
大声を上げる京一の頭を小蒔が「うっさい!」と言いつつはたくが、同時にちょっとアン子を横目で睨む。醍醐も「遠野……」と溜め息をつく。美里でさえも、眉を顰めている。さしものアン子も意見を撤回せざるを得なかった。
「んもぅ、わかったわよ!その代わりに今度ラーメン奢ってよね!」
口を尖らせ、しぶしぶと自分の見立てを話し始める。
アン子によれば、被害者は全員同一の中学校の出身とのことだった。どうやら中学時代はあまり評判の良くなかった集団で、同窓生に聞けば色々な噂が手に入っていた。
成績には問題がなかったために、教師にも特に目を付けられなかった。その一方で、かなり陰湿ないじめや非行行為を隠れて行っていたらしい。
しかもなかなか頭の切れる生徒が中心格として数名いたため、いくつかの悪さを気に入らない別の生徒になすりつけたりもしていたそうだ。同窓生からすれば、かなり鼻持ちならない連中である。
「つーまーりぃー…!」
アン子がぐいっと身を乗り出した。
「誰から恨みを買っててもおかしくなってワケ!……これ、事件の匂いじゃなーい?」
ニヤっと笑う顔に、美里は思わず苦笑する。
自分は龍麻の叱責に遭い、かなり深く落ち込んでいたのにこの少女は叱責されようが突き放されようが自分の信じたことを真っ直ぐに貫いている。
見習わないとな、と美里は先ほどよりも晴れた心で思う。
それは他の三人も同様だったようで、幾分か活気を取り戻した顔で頷き合った。
「事件に関わるのがアイツの勝手なら、これも俺たちの勝手…ってな」
京一が常の不敵さでもって笑ってのけると、小蒔も明るい表情で頷く。醍醐が相好を崩したところで授業開始の予鈴が鳴った。
「あ、じゃーね!結果とかなんかあったら教えなさいよ!」
アン子が慌ただしく立ち去る脇で、他の四人も授業の支度に焦る。次は理系科目の選択授業で教室を移動するのだ。
教科書とノートと便覧と筆記用具と、授業に必要なものをもって美里が立ち上がった時、それが起こった。
ぐらりと傾いだ美里の身体は、駆けつけるクラスメイトの目の前で床に崩れ落ちた。