夢妖 -2-




何の因果か、美里を連れて京一、小蒔、醍醐、アン子の四人は産婦人科を訪れていた。
倒れた美里を保健室に担ぎ込めば、そこには何故か保健医ではない犬神がいて、美里を見るなり「桜ヶ丘病院へ行け」と指図した。
ぐずる京一を半ば引き摺るようにして案内させた先は産婦人科で、さしものアン子も口をポカンと開けている。
「まさか…美里ちゃんに限ってそんな……」
「バッキャロー!んなわけねーだろーが!ここは…なんつーかその、普通の病院じゃねぇんだよ」
いらぬ妄想をかき立てるアン子を叱りつけると京一は、いかにも渋々といった様子で病院の自動ドアをくぐった。
「おぉーい、患者だぞー」
受付には人の姿が見えない。奥に声をかけるが、人の気配もない。
「まさか……潰れたんじゃあるめーなぁ……」
不吉なことを京一が口走るのと、不気味な音が鳴り響き始めたのはほぼ同時だった。
動揺する他には一瞥もくれず、京一は建物の奥を睨む。
「……来なすったぜ」

……ズン

……ズン

……ズン

……ズン

……ズン


「お前たち、何をしているのだ」


「「「「!?」」」」
聞き慣れた声に驚愕して薄暗闇に目を凝らせば、何故かそこには緋勇龍麻が立っていた。
「ひひ、ひゆうー!?」
「ひ、緋勇さん、なんでここにー!?」
まさか……と四人が顔を赤らめたり青ざめさせたりするのを見て、龍麻は大仰に溜め息をついた。
「妊娠などしておらんし、ましてや強姦もされておらんぞ、私は」
「な、な、な……!」
女性陣はのみならず、堅物を絵に描いた醍醐は龍麻が何気なく発した単語に反応して硬直し、言葉を失った。
「んな……身も蓋もねぇ……」
京一もややげっそりとした風で肩を落とす。
「ただの健康診断だ。それよかお前たちこそ産婦人科になんの用向きだ」
「用があるのは、奥の嬢ちゃんだろう?」
龍麻の背後から、低い女の声が朗と響いた。それを聞いた京一がげぇっと思わず声を上げる。
廊下の暗がりから、見たこともないほどの巨躯の女が現れた。その凄まじい迫力にまた、皆息を呑んだ。
「ひっひっひ……久しぶりだねぇ、京一」
妙に作られた甘い声に、京一は悶えて眉をしかめる。小蒔ら三人から冷たい視線を投げ掛けられ、京一は「好きで知り合ったわけじゃねー!」と吠えた。
「病院では静かにしな!」
岩山たか子、桜ヶ丘病院院長の厳しい叱責が飛んだ。岩山はつかつかと醍醐に抱えられた美里に歩み寄ると、見立てでもするかのように目を細めた。
「ほう…これは……」
「たか子」
いつの間にか龍麻も美里の前に立ち、その青ざめた顔を覗き込んでいた。意味ありげに呼ばれた名前に岩山は頷き、「高見沢!」と病院の奥に声を掛けた。
「はぁあ〜い」
しばしの間があってから響いた声に、岩山と龍麻を除いた三人が盛大にずっこける。
「このお嬢ちゃんを奥の部屋に運ぶ。治療の準備をしておいで!」
「はぁあ〜い」
ふわふわとした茶色の髪を揺らして、高見沢と呼ばれた少女はにこっと笑った。その目線と、龍麻の目線が一瞬交差するが、それは一瞬のことで、あっという間に少女はまた病院の奥へと消えて行った。