WIBNI Cinder Ella 2




「だからお前は上に居ろって」
「上に居たって退屈じゃないですか」
「だが、そもそもこれはお前のための…」
「だったら尚更上で見てるだけなんて嫌ですよ。じゃ、行ってきます」
「おい、譲っ!!」
 こそりとくすねてきた制服に着替え、俺は九郎さんを置き去りに駆け出した。
 キッチンで飲み物を載せたトレイを手にして、パーティー会場へと出る。
 参加者に飲み物を配りながら、ざっと辺りを見回す。
 開かれた王政を、だか何だか知らないけれど、定期的に開かれる舞踏会にかこつけた俺のパートナー探し。
「まだそんな年じゃないのにな」
「譲君」
 こそっと呟いた言葉に反応があって危うくグラスを取り落とすところだった。
「弁慶さん」
「こんばんは。良いのですか? 今日の主役がこんなところで」
「上で見てたって人柄まではわからないじゃないですか」
 囁き返す。
「なんてね。父さん達の傍には居辛くて……」
「そうですねぇ……でも、君は一人息子ですから。ご両親の気持ちも察してあげて下さいね」
「わからないわけじゃ、ないんですけど」
「今回は交友関係を増やすだけでも良いと思いますよ」
「はい。そうします」
 弁慶さんから空きグラスを受け取り、一度キッチンにトレイを置きに戻る。その後再び会場に入り、部屋の隅に立った。
 弁慶さんにはああ言ったものの、俺独自の交友関係と言えば九郎さん関係か弁慶さん経由しかなく、それも半分近くが重なっている。あとは両親関係だけど、その人たちの子どももほとんどが俺より十近くも年上。別に年齢差を気にするわけじゃないけど。
「ちょっと、すみません」
「はい」
「申し訳ないけど、レストルームってどこかな?」
 恥ずかしそうにそう言った人は、俺よりも少し背が高くて優しそうな人だった。
「ご案内させて頂きます」
 にこりと笑って答えれば、その人はほっとしたように息をついた。そんな姿がとても無防備に見えて、俺はちょっとこの人に興味が湧いた。何でこの人はこんな風に笑うんだろう。普通はもう少し表情を抑えると思うのに。
「こちらで御座います」
「ありがと〜。助かったよ」
 また笑った。明らかに年は俺より上だろうけど、失礼にも俺は可愛いと思ってしまった。
「いえ……失礼致します」
 踵を返してその場を離れ、制服から礼服へと着替える。
 何だろう。他の人よりちょっと気になった。



 礼服姿をしている以上話しかけられれば応じざるを得ず、大臣達の親類を紹介されて長々と立ち話をしているとき、視界の隅にさっきの人が入った。しきりに辺りを見渡し、何かを探しているようだった。
「失礼」
 その場を離れて、そっとその人のところへ近づく。
 歩きながら一つ二つと深呼吸。
「何かお探しですか?」
「えっ、あれ? 君は………」
「先程ご案内をさせて頂いた者です」
「だよね。さっきは本当にありがとう。初めてだからさ、迷っちゃって」
 同一人物で間違いがないことに納得がいったらく、さっきと服装が違うことには全く触れてこなかった。
「何かお探しですか?」
「うん、さっき食べた木苺のタルトが本当に美味しくて。もう一回食べときたいなぁって思って」
「お持ちしましょう」
「え、いいよ。自分で取りに行くから」
「いえ、必ずそこにあるとは限りませんから」
 ざっと辺りを見渡すも、近くにスタッフは居なかったので直接キッチンへ向かった。扉をそっと開けて中に注文を出し、皿を受け取る。
「どうぞ」
「ありがとう……君って此処のお偉いさんか何か?」
 フロアに出されたのより綺麗に飾られたそれを受け取りながら、その人はあっけにとられたように言った。
「そんなに、偉くはないですけれど。関係者です」
「そっか。納得」
「……外へ行きませんか。街が一望できる場所があるんです」
「海も見える?」
「えぇ。今は暗いから見難いかもしれませんが。でも一目でわかりますよ」
「俺、海って見たことないんだよねぇ〜」
「それでは、こちらへ」
 彼を城の庭へ連れて行く。庭と言っても小さなプライベート用の庭。
 備えられた小さなテーブルにタルトの皿を置いて、その人は景色を見つめた。
「うわぁ、凄いねぇ…………」
「右手の方の、あの暗くなってる辺りが海です」
「広い…………」
 俺は、椅子に座ってその人が景色を眺めているのを眺めていた。
「……………いやぁ、凄いなぁ……」
「晴れた日はあそこが青く輝いて、綺麗ですよ」
「凄いねぇ。近いうちに行ってみよう」
 そう言って俺の隣の椅子に座る。
「此処から見える全てがこの国の領土なの?」
「えぇ。左の山が国境線になります」
「広いねぇ…こんなに広いところを護るだなんて、大変だよね。王様って凄いな」
「王族にとってそれは義務ですから。大変だなんて言ってられませんよ」
 一口、ハーブティーを飲む。
「この国を支えてくれる人たちのために、俺達は身を粉にしなきゃならないんです」
「君は良い王様になりそうだね。あ、君が王子様だったらだけど」
「え」
「そう言えば、王子様ってどんな人なんだろう。パートナー探しって言うんだから二十歳くらいは過ぎてるのかな」
 いや、貴方の目の前に居ます。とは言えず。
「俺も何か出来ることはしなきゃな。この綺麗な景色はいつまでも残しておきたいものね。あの光の下に生活する人々がいつまでもそのままで在れば良いな」
「あ、の………なんでもないです」
 カップを両手で持って椅子に深く腰掛ける。
 この人を護りたい。
 俺の直感は間違ってない。俺はこの人が良い。
「美味しい〜っ」
 タルトを頬張り子どものように笑う人。
「君も食べる? はい」
 差し出されたフォークとその人を見比べ、そっと口を開いた。
 木苺とカスタードのバランスが見事。後でレシピを聞きに行こう。
「美味しいです」
「色々大変でも、美味しいもの食べると頑張ろうって思えるよね」
 その人は本当に幸せそうに笑った。
「あ、そう言えば君の名前を教えてもらっても良いかな。色々お世話になったのに名前を聞くのを忘れてた」
「俺は、譲と言います」
「譲くんか。覚えたよ……あ、ソースついてる」
 その人は真っ白いハンカチを取り出して俺の口元を拭った。赤いベリーソースが白いハンカチにペトリとつく。
「すみません、ハンカチが……」
「いいよ。洗えば良いから」
 にこりと笑うその人が、次の瞬間ふわりと浮いた。
「えぇっ!?」
「あぁ、もうそんな時間か」
 何だか落ち着いているその人を前に、俺はひたすら驚いていた。
「え、だって浮いて、え?」
「ごめんね、もう帰らなきゃならない時間なんだ。タルトありがとう。美味しかったよ。最後まで食べられなくてごめんね」
「え、あのっ!」
「あと、俺の名前はかっ……!」
 頭上に渦巻く黒い闇にその人は飲み込まれてしまった。


 優しく吹く風と、食べかけのタルト。そして、足元に残された白いハンカチ。



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