WIBNI Cinder Ella 3
「はぁ」
真っ白い洗濯物を前に俺は溜息をついた。
あんなに親切にしてもらったのに、名前を告げることすら出来ず。
おそらく譲くんはお城にいるんだろうけど、こっちの名前を向こうが知らなければ取次ぎもしてもらえないだろうし。御礼が出来ないじゃないか。
どうしようかなぁ。どうしたら良いかなぁ。お城に知り合いなんていないしなぁ。それにお礼ったって何をしたら良いかわからないし。
「景時、客人だ」
「? 誰?」
「行けばわかる」
リズ母さんはそう言って部屋の中へ消えた。
首を傾げながら外したエプロンを手に玄関へ行けば、そこに居たのは。
「譲くん!?」
「お前、気安いぞ!」
「九郎さん。良いんです」
九郎と呼ばれた男は、何か言おうとしたがそのまま口を閉じ一歩下がった。
「景時さんと仰るのですね。ずいぶん探しました」
「名前……」
「申し訳ありません、調べさせていただきました。ハンカチを、あの日お忘れになられて、それを届けたくて」
「あぁ、そういえば。ありがとう」
「それから……」
譲くんは言い辛そうに口を閉じ、俺はそれをそっと待った。
そう言えば彼は一体何者なのだろうか。関係者といっていたが、結構身分は上だったりして。でもそのわりには付き添いの人が少ないな。
「あの、木苺のタルト。作れるようになりましたから。景時さんが食べたいときに食べていただけますから」
「うん」
「あの、いずれ俺がこの国の人々を護る立場になるとき、隣に居てくれませんか」
「…………………うん?」
という事は何? 関係者は関係者でも当事者ですか?
「え?」
「………駄目ですか」
「いや、駄目って言うか、俺、何も知らない一般市民だよ? 洗濯や掃除しかとりえないよ?」
「構いません。俺も料理が好きです」
「いや、そうじゃなくて。じゃなくて、ええと、急に言われても。困るというか。何と言うか」
「お返事は急ぎません。急であることは充分承知しているつもりですし、まだ一度しかお会いしていませんから。今日は、勝手ながらも俺の想いを伝えにきただけですので。失礼します」
かっちりと譲くんがお辞儀をして、その後ろで九郎も礼をする。
彼らの後姿を眺めながら、俺はどうしたものかと悩んだ。
雲ひとつない空に翻る白い洗濯物は良い。清清しい。
「見事ですね」
翻ったシーツの影から譲君が出てきていった。
結局俺は城へ来ていた。公にはまだ公表されてはいないが、そういう位置に収まることになった。彼がその一途な思いで何かに取り組む様子を、隣で助けたいとそう思ったから。
「お茶にしますか」
「そうだね。今日はナニ?」
「今日はスコーンを焼いてみました」
今は何も知らないけれど、いつか俺が彼を支えられるようにならなければ。その肩にかかる重さを少しでも持つ事が出来ればいいなと、思っている。
「譲くん」
「はい?」
「ジャムついてる」
あの日のように、でも今度は指で拭ってそのまま舐めた。
「ありがとうございます」
「いえ」
ある晴れた一日。
こんな日がずっと続くよう、彼も俺も頑張るだろう。
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