兄の恋物語 2




 あの日以降、以前より早く家を出る私に幸鷹は不審な顔をしたが、早い分にはどうでも良いらしく、
「仕事でね」
 と云った私に、
「そうですか」
 と、あっさり納得した。



 家を出る時間を早めて私が何をしているかというと、今までより四つ奥のベンチに座り向かいのホームを眺めているのだ。そしてあの子を探して見つけて、やはり眺めているのだ。結局乗るのは今までと同じ時間の電車。まるきりストーカーだ。後はつけないけれども。
 例えるならば片思いの人と同じ車両に乗ってときめく高校生みたいなものだろうか。相手は自分と違う学校の子で、ほんの十分そこらだけど一緒にいる事が出来る朝の電車が毎日楽しみだったりする。運良く帰りも一緒になろうものならもうその日は機嫌良く母親の手伝いでも何でもしてしまうのだ。
「…………………………」
 例えだ。あくまで例えだけれど。
 いつの時代の人間だ私は、と自分に突っ込みを入れつつ今日もぼんやりホームを眺める。
 彼はいつもどおり向かいホームの二番階段から降りて直ぐそばのベンチの前の降り口に並ぶ。今時分若い人には珍しい腕時計と頭上の案内板を見比べ、バッグから取り出した文庫本を読み始める。いつも似たようなカバーだけれど、二日か三日で別の本になるのかななどと勝手に想像していたりする。なんだかなぁ。





 こんな年になってこんな思いをするとは露とも思わなかった。
 私は一体どうしたいのか。
 知り合いたい? そしてあわよくばお付き合いでも?
 そりゃ確かに最近はそういうこともだいぶ世間に認められてきていはいるが、だからなんなんだ。そろそろ確かに周りが煩くなる歳ではあったが幸いにもそんな人間は周りにはおらず、早急に相手を求めるほど今の生活に不満があるわけじゃないし、ただいつか幸鷹は出て行くだろうし、その時寂しいと思うかもしれない。そんなときがいつか来ないとも限らない。
 その時、隣に彼がいればなどとはまだ思わない。今はまだ、ここから見ているだけで何か幸せだ。
「なんだかなぁ…………」
 ポツリともらした呟きが、急行の通過音に消されていく。この急行の後、向かいに電車が来て彼はそれに乗り込む。そしてその次にこちらのホームに来る急行に私は乗る。
 線路の向こうに彼が乗る普通電車の姿が見えてきた。今日の見納めと彼に視線を戻しかけたところで、見知った影が二番階段から降りてくるのを捕らえた。その人影は彼の後ろに並びかけて足を止める。それに気付いた彼が人影を見やり、同じく動きを止めた。
 時間の止まった二人と私を置いて、電車とその他の人々は動き続けている。向かいに止まった普通電車が出た後に残されたのは、時を止めたままの私一人だった。


 その日は結局、一本乗り過ごす事となる。



 ………………先を越された。



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