追憶の緋 -2-




俺はカミュの手を引いて宝瓶宮まで下った。これで教皇の間へ行くのは楽になって、闘技場へ行くのは面倒になったってわけだ。
「ここがお前の守る宮だ」
俺はコイツの母国語で話しかけた。俺は今のところ四カ国語は話せる。覚えさせられた。聖闘士になったら世界中に行く事になるからだそうだ。
ギリシア語は聖闘士の共通語だから覚えたし、イタリア語は母国語だからわかる。今フランス語と英語を勉強している。フランス語はイタリア語に似ているから楽だ。スペイン語も少しならわかる。
カミュは相変わらず無表情のまま、ぐるりと宮殿を見回した。
宝瓶宮はその守護する星座にふさわしく、水が流れ、床には氷を連想させる冷たいガラスが貼ってある。このこぎれいな雰囲気が俺は好かない。
「住むのはここだ」
俺は壁にある隠し扉を押した。奥にゆったりとした居住空間が広がる。今と個室二つと台所と風呂場。十分過ぎるくらいに広い。
外側からではわからないが、黄金聖闘士だったらわかる。どこの宮も扉がある場所は入り口から数えて12番目の石壁だ。これを知っているのは、黄金聖闘士と教皇だけだ。
「入り口から数えて12番目だ。いいな?これは黄金聖闘士と教皇しか知らない。決して口外するな」
俺の言葉に、カミュは無言で頷いた。
俺はその仕草に苛立った。
「お前の口は飾りモンか?わかったら返事をしねぇか」
俺の言葉に、カミュの目がギラリと光った。が、反発する事なく、案外素直に「はい」と答えた。
まったく、気に入らねぇガキだ。俺はカミュと共に部屋の中に入った。
宝瓶宮の住居区間は、綺麗に整えられていた。
黄金聖闘士が全員そろう事は、教皇が星を読んで既に知れていた。
だからかなり前から部屋は用意されていたし、当番制で無人の宮を掃除したりもしていた。
全くもって面倒この上ないことだったが、コイツが来た事でこれで無人の宮は天秤宮だけになった。しかも天秤宮を守護する老師は五老峰に鎮座して動かない。これで実質無人の宮はなくなったわけだ。掃除当番もなくなる。
「お前の部屋はここで、俺はその隣に住む。一ヶ月だ。その間にお前にここのルールを叩き込む」
「はい」
「わからない事があったら黙ってないで聞け。何でも良い。でないと大変な事になる場合もある。いいな」
「はい」
ここの社会は異質だ。他と違う。規則だけじゃない、住んでいる人間も普通じゃない。だからいい加減な事をしていると、本当に面倒な事になる。
こいつが問題を起こしたら俺の責任にもなる。そうなったらまたアイオロスにしごかれたりする羽目になるんだ。
「まずは言葉だ。これからギリシア語をやる。早く覚えろ。聖闘士の共通語だ」
「今から?」
「今からだ」
まだ昼だろ?勉強にはもってこいだ。
「外に行くぞ。部屋の中じゃどうしようもない」
今度はギリシア語で話しかけた。カミュはよくわからない表情をしていたが、仕草から外へ行く事は察したらしい。「Oui」と、柔らかい声で答えた。この声は、嫌いじゃない。



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