追憶の緋 -4-




カミュが聖域に来てから二週間経った。
基本的な規則は叩き込んでやった。あと言語がどうにかなればいい。
今週から簡単な鍛錬を始める事にした。
黄金聖闘士はまず星に選ばれる。そして聖衣に選ばれる。星に選ばれても聖衣に認められなければ黄金聖闘士にはなれないし、その逆も然り。
そして両方に選ばれた黄金聖闘士は、生まれながらにして小宇宙に目覚めている。
だがそれは危険な事でしかない。いくら目覚めていても、体は人並み。脆弱な一般人の体のままで小宇宙を使ったら、体の方がもたない。
だからまず体を鍛える。それから小宇宙だ。
だからシュラとアフロディーテと俺も、サガとアイオロスがいるところじゃないと小宇宙を使う事は許されていないし、サガやアイオロスも、鍛錬以外では教皇の許しがないと使ってはいけない事になっている。
本当は俺なんかガンガン使いたいが、やらない。そんな事したら俺が死ぬ事は解ってる。
それが解ってない馬鹿な見習い達が、体を文字通り壊していくのを沢山見ている。
カミュも同じだ。とにかく鍛えない事にはどうしようもない。
できたら早くに始めた方が良い。小宇宙ってのは、気分が高まると本人の意思に関係なく発動したりするから。
黄金聖闘士をそんなくだらない理由で失うわけにはいかねぇ。
「おい、今日から鍛錬始めるぞ」
俺の言葉に、カミュは素直に「はい」と答えた。が、表情は不満そうだ。
そりゃそうだろう。
わけ解らんうちに聖域に連れてこられて引きずり回されてるんだから。
でも感謝しろよな?
ここに来なかったらお前は成人する前に自分の小宇宙に振り回されて死ぬ運命だったんだからよ。
俺はカミュを俺たちが使う訓練場に連れて行った。俺たちは他の連中が使う闘技場とは別の場所で鍛錬をする。
星と聖衣に選ばれる黄金聖闘士は、他の聖闘士とは緩やかに区別され、隔離されている。
居住区はもちろん、訓練場や闘技場も別だ。俺たちの活動する区域と他の白銀や青銅達が生活する区域は、低い塀で区切られている。
それは簡単に超えられるし、実際行き来はあるが、心理的には十分な隔たりがあった。
それは俺たちに畏怖を抱かせるためにある。
下らねぇ事だ。
訓練場は、「訓練場」とは名ばかりのだだっ広い何もない広場だ。
カミュとそこにいくと、ミロ達チビ共が一緒になって組み手をしていた。
「デスマスク!カミュ!」
俺たちに気づいてすぐに走りよろうとするところを、シュラに首根っこを掴まれてコケる。
「痛ぇよ、シュラ!」
「まだ組み手が終わってないだろう?」
シュラの言葉に、ミロはしぶしぶと訓練に戻った。
「カミュ、お前は基礎訓練だ。まずは腹筋、背筋、腕立て伏せ百回」
俺の言葉にカミュは顔をしかめた。
「百回?」
「他の奴らは毎日午前と午後に千回やってる。文句あるか?」
俺の言葉にカミュは口を閉ざし、その場にしゃがみ、ためらいがちに腹筋を始めた。
俺は離れたところで自分の基礎訓練を始めた。
ここ数週間コイツにかかりっきりだったから、自分の訓練が出来ていない。いつもの訓練量の半分も出来てなかった。
とりあえず、腹筋五千回。
「よ」
二千回やったあたりで、シュラとアフロディーテが俺の近くにやってきた。
組み手はロスとサガがみているみたいだ。二人は俺を挟んで座り、同じように腹筋を始めた。
「どうだ?アクエリアスは」
「カミュだろ?真面目そうだな。君とは違って」
まぁ、俺が真面目とは言えねぇけどよ。
「生意気な奴だぜ。気に入らねぇと文句言ってきやがるしな。目つき悪ぃし」
「君に言われたくないだろう」
「お前に言われたくないだろう」
異口同音に二人が言った。
「お前らも人の事言えねぇだろうが…」
俺の言葉に二人とも心外だ、といった表情をした。
「それにしても可愛い子でよかったじゃないか」
「はぁ?可愛いだぁ?」
そりゃお前が見てるアルデバランに比べたら可愛いんだろうがよ。
「手もかかってないようじゃないか。はやく自立させて俺の手伝いをしろ」
シュラが俺を見る。確かに、ミロは手がかかるからな。
とにかく落ち着きがないから、ちょっと目を離したらそのスキにとんでもないことしやがる。
カミュは確かにそういう事はしない。
「君にはちょうど良かったんじゃないか?」
ディーがふふん、と笑って言った。アルデバランもイイコちゃんじゃねぇかよ。お前も面倒くさがりやだろうが。その台詞そっくりそのまま返してやるぜ。
「あんな可愛くねぇガキとっととオサラバしてぇよ」
俺は抜けるように青い空をにらみながら言った。
そもそも俺は、他人の面倒なんてみるガラじゃねぇんだ。
それでいったら、確かに真面目野郎のカミュは俺に向いているのかもしれないが、な。