追憶の緋 -5-
その日の夜だった。
隣の部屋の雰囲気がいつもと違って、俺はベットから身を起こした。
カミュの小宇宙が乱れている。微妙のな揺れは今までもあったが、今夜のは大きい。
俺は気になってカミュの寝室にそっと入った。
カミュは寝台に入って寝ていた。小さなうめき声が聞こえる。
近づくと、額には汗がにじみ、布団をはねてうめいている。
悪夢、か。
ここに来る連中のほとんどは、嫌な思い出の一つや二つはもっている。
…俺も、よくうなされた。
俺はカミュの手をそっと握った。小さく、熱いくらいに体温が高い。
軽く湿った手を握ると、カミュは震えて小さな声を絞り出すようにして寝言を言った。
「か…ないで、…いか……」
俺の脳裏に、ある場面がフラッシュバックする。
嫌な場面だ。
思い出さなくて良い。
いらない。
いらない。
消えれば良い。
全部。
全て。
まっしろに。
俺は記憶をねじり潰した。
カミュのほおを軽く叩く。起きろよ。下らねぇ事でうなされてんじゃねえよ。
「ッ!!」
カミュはびくん、とはねて目を開けた。
額から一気に汗が噴き出す。ひゅっと喉が音を立てて空気を吸い込んだ。
「で、…すま…」
掠れた、いつもとは違った甲高い声。耳障りな声だ。
俺は無言でカミュの汗を拭った。寝間着を直して布団をかけ直す。
「……」
呼吸は整ったが、気が昂るのか、大きく見開かれた目がギラギラと光っている。
長いまつげが濡れて光るのが見えた。
「寝ろ」
俺は低い声で言った。こいつを見ていたくない。
「寝ろ。寝たら忘れる」
寝ろ。そして忘れろ。
俺に思い出させるな。
カミュは俺の言葉を聞いて、少し視線を泳がせた後、まぶたを閉じた。
こいつを見たくない。思い出したくない。
そう思いながら俺は、夜が明けるまでカミュの隣に座っていた。