追憶の緋 -6-
カミュが来てどれぐらい経ったのか。多分、二ヶ月くらいだ。俺はとっくに宝瓶宮を出て巨蟹宮で生活している。とは言っても飯は大概宝瓶宮でとる。カミュの分も作らなきゃなんねーからな。
毎日同じ様な生活だ。
起きて鍛錬して飯喰って勉強して飯喰って鍛錬して。
そんな毎日だったら良いのに。そんな毎日で過ぎていけるなら、俺だって。
「キャンサーのデスマスク、辞令だ」
教皇からの使いが俺のところにやってきた。
あぁ、またか。と思う。
最近はカミュの事があったから外されてたけどな。それでもいつまでも外させてくれるわけじゃない。
まぁいいさ。
殺すのは俺だ。だけどそれを決めたのは俺じゃないんだ。
俺は人じゃないから。普通の人間じゃないから。
自分の力を自分で自由に使うわけにはいかないんだから。
俺は、犬になる。
血に飢えた狂犬に。
任務から帰ってくると、巨蟹宮の前に見慣れた人間がいた。
ちくしょう、なんだってこんな時にいるんだよ。
帰れ。帰れよ。
俺は悪態を心の中で吐き散らしながら長いだけでクソ面白くもない階段を登って行った。
階段が赤く染まっている。
嫌な色だ。
俺は自分の影だけを見て歩く。
こんな色は、いらない。
闇だけで良い。
影だけで良い。
宮に近づく。
その前にいる人間にも近づく。
帰れ。
来るな。
「デスマスク」
名前を呼ばれる。
でも俺は答えない。
俺はそんな名前じゃなかった。お前がカミュなんて名前じゃなかったように。
「デスマスク」
呼ぶな。その名前で呼ぶな。
俺は振り返ってカミュの顔を見た。
赤い。
あかい、いろ。
揺れる。
さっきまで、俺が染まっていた色だ。ちくしょう。
ちくしょう。
なんだってこんなに苛立たなきゃいけねぇんだよ。
俺は言われた事をしただけなのに。俺は、
俺は、自分の意志で生きてはいけないのに。
「来るな」
思いのほか低い声が出た。
低く、掠れている。
嫌な声だ。
俺は自分で自分の声を嫌悪した。
「来るんじゃねぇ」
「デス…」
目を開いたカミュが俺を見る。
そんな目で俺を見るな。
そんな目で、俺を見るんじゃない。
「いつまでも俺に纏わりついてくるなよな。良い加減一人でどうにかしろ」
カミュの目が増々大きく見開かれる。
俺は、馬鹿か。なんだってコイツにそんな事言わなきゃいけない。
違うんだ。そうじゃない。
違うだろう。
あぁ。
頭が痛い。
カミュの表情が歪んだ。泣くのか、と思った。
そう言えば、俺はコイツが笑ったところも泣いたところも、見た事がない。
「嘘つき…」
カミュの声が掠れる。絞り出す様な。
それは、まるで、俺が聞いた。さっき聞いた、断末魔の様な。
「デスマスクの嘘つき!何でも聞けって、面倒は見るって!嘘つき!嘘つき!」
頬を赤くして怒鳴るカミュは、体を細かく震わせて、目が涙でにじんで、あぁ、俺はこんなところで何してるんだろうな。つかなんだよ、コレ。本当、コイツガキだよなぁ、馬鹿だなぁ、俺の事、信じてたわけ?馬鹿じゃん。俺は言われたから仕方なく面倒見てただけでよ、そんなまさかそんな。いや、違う。馬鹿は俺だ。違う?何が?何が違うんだ?あぁ、赤い。目の前が。
あかい。
「デスマスクなんか、大嫌いだ!」
カミュの声が、どこか遠くから聞こえた様な気がした。