追憶の緋 -9-




「ったく。手のかかるガキだぜ」
俺は小さな声でそうボヤきながらカミュを抱き上げた。
カミュの手がぎゅっと俺のシャツを握る。
あー、こんにゃろ、俺のシャツ涙と鼻水で汚しやがって。
俺はぐちゃぐちゃになった服とカミュの顔を見て表情を苦くすると、もっと苦い表情で地面に這いつくばる兵士達を睨んだ。
「おい、テメェら」
「は、はいっ!」
「コイツに二度と手ぇ出したらぶっ殺すからな。それとだ」
俺は最大にまで小宇宙を高めて言い放った。
「犬にもなれないゴミはとっとと消えろ。身の程を知れ」
兵士達は這々の体で逃げ出した。まぁ、当然だな。黄金聖闘士の小宇宙だ。
情けない馬鹿共の格好を見たら俺はちょっと機嫌が直った。
口元を歪めたままの顔で腕の中のカミュを見る。
「おい、歩けるか?」
正直、邪魔だ。
重さ的には問題ないが、俺とカミュじゃ実は大して体格そのものは変わらない。俺もまだ成長期が来てないからな。アルデバランは早すぎだけど。
俺の言葉に、カミュはこくり、と無言で頷いた。
俺はカミュを地面に降ろすと、腰に巻いてたベルト代わりの布を肩に掛けてやった。
「ま、巨蟹宮まではこれで我慢しろや」
俺の言葉にまたカミュは無言だった。
俺は軽くため息博と、カミュの頭を撫でた。
「まぁ、なんだ、さっきの事だが。あー、と。巨蟹宮の前でのことだが」
カミュは一瞬ビクッと体を震わせ、増々深くうつむいた。
あーちくしょう、気分悪いぜ。
「あれは俺が悪かった。フェアじゃなかった。だから忘れろ。気にするな。ありゃ嘘だ。嘘っつーか、虫の居所ってやつだ。だから忘れろ」
カミュはまだ無言だった。
あーちくしょう。てめぇの蒔いた種って事は解ってても、気分が悪い。
正直、ここから裸足で逃げ出したい気分だ。
でもこれは俺がつけなきゃいけないけじめだ。
俺は深く息を吐いてカミュと向き合った。
「いいか?俺はお前に何の義理もねぇし恩もありゃしねぇ。でもお前の面倒は俺がみる。わかったか?」
「……。」
カミュが小声で何か呟いた。
「あ?」
「…い、い。別に。いい」
カミュは震える声で言いながら、俺を睨みつけた。
「は?ンだよ、ソレ」
「どうせ、どうせ頼まれたからんだろう?面倒なんて、みなくていいって言ってるんだ!デスマスクはミロとかムゥとかのがいいんだろう!?」
カミュは顔を歪めて、叫んだ。
あーあ、せっかく涙が乾いてきたって言うのに、また泣きやがって。
本当きったねぇ顔だな。いい加減、泣き止めよ。
「なんでミロやムゥが出てくるんだよ」
「だって、だって!デスマスクはミロと一緒にいると笑うじゃないか!」
はぁ?
俺は思わずぽかんとしてカミュを見た。
コイツ、何が言いてぇんだ?馬鹿か?
カミュは俺が惚けているのを見て更に声を荒げた。
「ミロのがいいんだろ!?ミロやムゥといる時は笑うクセに!ミロ達の事は褒めるクセに!」
カミュの目から涙がこぼれる。
泣くなよ、馬鹿。
泣くな。
俺が差し出した手を、カミュは振り払った。
「私なんか!私なんかいらないくせに!面倒だと思ってるくせに!!」
あぁ。
馬鹿は俺だ。
今日何回目だろう、この事を考えるのは。
馬鹿だ、俺は。
ったく、俺は本当にコイツが嫌いだ。
なんでこう、なんだろうな。
なんでコイツは俺に、思い出したくもない事を思い出させるんだろうな。
俺は軽く腰を落としてカミュと目線を合わせた。
「馬鹿だな、お前」
「……ッ!」
カミュがぎゅっと唇を噛む。
「本当に面倒だったらこんな所来ねぇで無視ってるに決まってるだろうが、阿呆」
「……ッ」
カミュの目からぼろぼろと涙がこぼれる。
コイツ、泣きすぎて脱水症状とかになるんじゃねぇか?
「いらねぇんだったら、とっくに放置してるっての。馬鹿」
「ば、ばかじゃない!」
震える声でカミュで言った。そういうトコが馬鹿っていってんじゃねぇか、馬鹿。
「なぁ、お前は選ばれてここにいるんだ」
昔、別の奴が俺に言った言葉を、そのままカミュに伝える。
「だから、ここにいろ。お前は望まれてここにいるんだ。だから信じろ」
カミュが俺を見る。
真っ直ぐな、目だ。
あの日の俺も、こんな目をしていたんだろうか。
だとしたら、ちょっと嬉しい。
俺にも、こんな目を出来た時があったとしたら。
「信じろ、自分を。それと、俺を。俺達を」
まぁ、そんな事言えたガラじゃねぇがよ。
カミュはその後も泣きまくって、結局俺が担いで宝瓶宮まで運んで行った。
全く、本当に手間がかかる奴だ。

そう考えながら、口元が緩むのを俺は感じていた。