Enfants★Caressants -5-
牢から出てきたアイオリアは、兄の反逆とは無関係とされて、再び獅子座に任命された。
正直、辛い。
もちろん、仕方のないことだ。アイオリアが聖闘士を続けなければそれはつまりアイオリアの死を意味し、そしてそれは獅子座の不在を意味する。双子座と射手座が欠けた今、貴重な黄金聖闘士を失うわけにはいかない。アイオリアに積極的な反乱の色がない限り、聖域はアイオリアを手放すことはない。
それくらい、わかってる。
女神を守る聖闘士として、最後まで闘わなくてはならないこと、そのためには兄を失おうと友を失おうと、闘い続けなくてはならないこと、それくらい。わかっている。
でも。
これからアイオリアは聖闘士として生きる。聖闘士として生きる限りは、失った兄の面影と、その兄を切り捨てたシュラの存在に苦しみ続けることになる。教皇の招集がかかる度にアイオリアは無人の人馬宮を通ることになり、そしてシュラが守る磨羯宮を通ることになる。
そう考えると、辛い。
いっそのこと、殺された方が楽になれるのかもしれないとも、思った。でもそれはもっと辛い。仲間が消えていくことは、辛い。
辛い。
でもきっとアイオリアはもっと辛い。
そう考えると、私は。泣くことも、慰めることも、同情することもできない。
なにも、できない。
アイオリアが孤独に鍛錬している所を見ても。
その姿が今にも壊れてしまいそうなくらい、儚く見えても。
私は、なにも、できない。
きっと、アイオリアは私の事をあまり好んではいない。
私が通りかかると身を固くするし、他のものとはよく笑い合って話しているのに、私にはあまり話しかけてこない。
私はミロのように明るくもないから、きっと。だからだろう。
仕方ない事だ。これが私なのだから。けれど、だから、私は、何も出来ない。
何かしたくても。
何か手伝いたくても。
私には何も、できない。
小宇宙の調整の方法をアフロディーテに教えてもらった帰りに、私はアイオリアを見た。
アイオリアは、訓練場近くの茂みの陰にうずくまっていた。よく見ると、どう考えても鍛錬のためとは思えない傷が、体のあちこちについていた。擦り傷、切り傷、服には泥。
リンチがあるらしい、という話は、聞いていた。
「逆賊の弟」、まだ幼く力も十分にはない獅子を狙って、愚かな兵士の一部が暴力を振るっているという話は、以前から聞き及んでいた。しかしその現場を目撃したものはまだ誰もいなかった。時折アイオリアが過剰な怪我をしていることには気づいていた。しかし彼はそれをすぐに自分の小宇宙で回復させていた。だから、それの傷が誰にどういう風につけられたかは誰も知らなかったし、聞かれてもアイオリアはただ曖昧に笑うだけだった。
現場を見つけたらただではおかないと、黄金聖闘士の誰もが心の中では思っていた。しかし相手は巧妙だった。
アイオリアはそのことで愚痴を漏らしたことは一度もない。
いや、その事だけではない。彼が何か不平不満を口にしている所を、私は、見たことがない。
私はここ最近、アイオリアの笑顔しか見ていない。
辛い。
笑みを絶やさず、ただ人知れず泣く獅子のことを考えると、どうしようもなく、辛い。
つらい、とか。くるしい、とか。かなしい、とか。言葉だけでもいいから、聞かせて欲しい。
その笑顔の奥にある、本当の心を。
傷にまみれた、悲しい記憶を。
癒すことが出来ないならばせめて、忘れさせてやりたい。
でも、それはできない。
できない。
私には。
できない。
私は無言でアイオリアの隣を通り過ぎた。
←4 6→