Enfants★Caressants -8-




アイオリアの怪我の手当をしてから一週間が経った。
しかしアイオリアは相変わらず私が巻いた包帯を付けたままだ。
お世辞にも上手に巻いたとは言えないその包帯を、アイオリアは取ろうとはしない。
「まだ治らないのか?」
と言った私に、アイオリアは笑って首を横に振った。
「菌が入るかもしれないから、取った方が良い」
と重ねて言ったが、それでもアイオリアは笑って首を振っていた。
私はもうそれ以上何も言えなくなった。
アイオリアは、ずっと包帯を巻き付けていた。




「こんな時期にこんな相談をするのもどうかとは思ったんだが」
私はムゥを訪ねていた。
ムゥは、一週間後にジャミールへ移住することになっていた。
聖衣の修復には聖域よりもジャミールの方が用具もそろっているし、都合がいいと言っていた。材料の産地も、聖域からよりも近いそうだ。
ムゥは私にジャスミンティーを出しながらにっこり笑った。
「気にしなで下さい。どうせ荷造りなんて大したことはやってないんですから」
「それなら良いが…」
ムゥの部屋は、あらかた片付いていた。必要なものは既に梱包され、生活に最低限必要なものだけが残されていた。
こうして改めて見ると、本当に去って行くのだと感じる。
ひとり、またひとりと聖域から人が消えて行く。
仕方ないこととは言え、寂しさを隠すことは出来ない。
「それで、相談というのは?」
皿に盛ったアーモンドをつまみながらムゥが私に言った。
「…その、別に大したことではないのだが」
言葉に詰まる。
正直、どのように表現すれば良いのか解らない。私はしばらく考え込んでしまった。
ムゥはその間、優しい微笑みを浮かべながら待っていてくれた。
「アイオリアと、仲良くなりたい」
私の口から、するりと言葉がこぼれ落ちた。
率直な、気持ちだった。
「でも、どうすればいいのか、わからない」
ムゥはアイオリアと結構仲がいい。よく言い合いをしているが、それは互いに相手を憎からず思っているからだ。言い合いの端々に見える感情は、お互い決して冷たいものではない。
「それで、私に相談を?」
ムゥは少々面食らった表情で私に言った。
私は無言で頷き、ムゥの言葉を待った。
「またなんで、私を」
私はゆっくりと言葉を選びながら話した。
「ムゥは、言葉が正確で、考えが深い。きっと私の悩みを理解してくれる」
私はそう言いながら、天真爛漫ではあるが、こういった類いの悩みの核心には近づけないであろう親友の顔を思い浮かべた。
「それにムゥは、アイオリアと仲がいい。喧嘩じみたことはやっているが、仲が悪いわけじゃない」
私がそう言うと、ムゥはふぅ、と肩でため息をしいた。
「全く貴方は。私のことがそこまで解っているなら…。いえ、やめておきましょう」
二三回頭を左右に振って、ムゥはジャスミンティーを一口、口に含んだ。
ジャスミンティーには心を落ち着かせる効用があるらしいが、私はムゥの心をかき乱す様な事を言ったのだろうか。
確かに、ばからしい質問である事はよくわかっている。しかし、私には本当にどうしたら良いのか解らないのだ。
「で、アイオリアと仲良くなりたい、と」
「あぁ」
「何故またそんなことを?」
私は俯いて、薄黄緑の水面を見つめた。
「アイオリアは多分、私の事が好きじゃない」
もしもその時私が顔を上げていたら、ぽっかりと口を開けたムゥの、全く持って珍しい事この上ない表情が拝めていたのだが、あいにくと私はジャスミンティーの小刻み揺れる面を見つめていた、
「なぜ、またそんな」
呆れ返ったようなムゥの声を聞きながら、私は小さな声で続けた。
「アイオリアは、私にだけ話しかけない」
「それで?」
「私にだけ鍛錬の相手を頼まない」
「それで?」
「…私が通りかかると、身を固くしている。私が、通ったときだけ」
「……は、ぁ〜」
ムゥが深々と息をついた。
「…全く」
下らない悩みだとは、自分でも思う。
ムゥが呆れるのも無理はない。だがしかし、これは私にとっては重大な問題なのだ。
私は、アイオリアと仲良くなりたい。
しかし、アイオリアはあまり私の事を好ましいとは思っていないようだ。
このままでは、どんなに私がアイオリアの役に立ちたいと願ってても、何も出来ない。それは私にとってあまり快い状況ではないのだ。
「あのですね…」
ムゥは口を開いて何か言おうとしたが、急に口を閉ざし、思案気に目線を泳がせた。
「うん、そうだな…そうですね、それがいい」
一人で口の中で何か呟いた後、ムゥは突然立ち上がった。
「カミュ、ついてきて下さい」
私は言葉を失った。何故、これから出かけなくてはならないのだろう。
「いいから、ほら」
ムゥは私を急かすと、自分はさっさと部屋の外へ出て行ってしまった。
一人でいても仕方ないので、私もムゥの後について外に出た。



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