青葉 -2-
龍麻は不機嫌だった。が、最早あきらめていた。壬生が見掛けよりも頑固者であることは承知している。
そして龍麻は、頑固者の意見を変えようとあくせくするほどの情熱は持ち合わせていない人物だった。それに、済んだことに対しては、済んだことに対する処し方がある。
「飼う気か?」
「……君が、いいと言ってくれるなら」
「是非もない。追い出す訳にもいかなかろう?」
腹が減っていたのか、熱心に牛乳を舐め、刻まれたソーセージを頬張る子犬を見て龍麻が言った。怪我をした腕は、壬生によって手当がされていた。切られたような傷は、明らかに人為的なものであった。
ソファにもたれて脚を投げ出す龍麻は、いつ見ても優美だと思った。
確かに女性としては乏しい体形をしていたが、壬生にとってはそんな事は些末なことで、「緋勇龍麻」という事実だけでそれは美しく気高く侵し難い神聖な存在であった。
「で?次の仕事は」
龍麻はくるりと壬生を見た。突然交錯した視線に、壬生は動揺する。紅潮した頬を隠すことも出来ないまま、壬生は龍麻の質問に答えた。
「次は……穴八幡宮の神主、鏑木一陽からの依頼だよ。最近八幡宮近辺で殺人事件が頻発、お札の配布が始まる冬至までになんとかしないと、一層の死者を出す恐れがある」
「ただの殺人で依頼は来るまい」
「それは依頼に会ってみないとわからないよ」
M+M機関の不便な点は、依頼内容を守ろうとするあまり、肝心の情報をなかなか提供してくれない点にある。依頼人に直接会わないと不明な内容が多く、事前の準備が遅れがちになる。
「全く、不便なことだ」
龍麻は呟くとマグを傾けた。
龍麻自身はM+Mに所属はしていない。ただフリーの退魔師として小銭を稼ぐ今、依頼の多くは鳴瀧か秋月か、壬生を通じてM+Mから寄せられる。
黄龍の器が受け取るには小額過ぎる報酬で働く龍麻だが、実際稼ぐ気はないらしい。
もともと親の残した遺産を「有効活用」している結果、何もしなくても生活は出来るし、趣味道楽と言えば読書程度でそれも「読めればいい」発想で古本に頼りきり。手に入りにくい本を通販するくらいで、金の使いどころは悲しいくらいにない。
だがそれでも自分の力を振るい続けるのは、龍麻曰く、「御役目」なのだそうだ。
「仕方あるまい、明日その鏑木とやらに会ってみるとしよう。連絡先は分かるな?」
「うん」
「ならば連絡は任せた。私はその殺人事件について探ってみる」
そう言うと龍麻は、サイドボードに仕舞われていた愛用のラップトップを取り出した。黒光りする銀のボディを開き、起動させる。龍麻や御門の手によって様々に手を加えられたそれは、彼女の手に掛かれば世界にありとあらゆる情報源にアクセスするキーとなる。
「さて。穴八幡宮近辺ならば、まずは戸塚警察署だな」
警察署もまさか、こんなに頻繁にデータベースにハッキングされてるとは想像もしていまいと壬生は思うが、黙って自分の仕事を果たしに掛かった。
可愛いわんこを、膝の上に乗せながら。
「……名前、考えないとね」
「犬で良かろう」
「いや、それはちょっと……」
「冗談だ。当たり前だろう」
「………」