片思いラブ -3-




準備室は、扉の近くに大きな棚があり、かなり近づかないと存在に気付かない。
準備室の中は薄暗く、ひんやりとしていた。二人は大太鼓の後ろに身を潜めた。
遠くで扉が開く音がして、音楽室内で何人かが言い合う声が聞こえたが、すぐに遠のいて消える。完全に音が消えてから、二人はほうっと息をついた。
気付くと葉佩は取手に覆い被さられるようにかばわれていた。
「な…!おまッ!」
「あ、ごめん」
真っ赤になって口をぱくぱくさせると、取手は葉佩が怒ったと勘違いしたのか、慌てて体を引いた。瞬間、肘が太鼓に当たって低い音が準備室内に木霊した。慌てて抑えて音を消す。
冷や汗をかきながら耳を澄ますが、気付かれはしなかったようだ。
二人はまたほうっと安堵した。
「……ごめん」
「いや……ま、気にすん、な…」
覆い被さられたことに気付いた瞬間に、取手の香りが漂ってきて焦ったとは、口が裂けても言えない。
取手をかばうべきプロであるにも関わらずかばわれていたという事に呆れるよりも前に、ゲンキンな自分に動揺したのだ。
(ったく……もー…諦めたんだろーが……バッカヤロー………)
こんな風に長く話したり、密着する事があるなんて、想像はしても実際に起こりうるとは思っていなかった。
「あ、それで………僕も、葉佩君のこと…嫌いじゃないよ……」
「ッ!ゴフッ!ゴホゴホッ!」
ナイスなタイミングでナイスなセリフを喰らった葉佩は、盛大にむせ込んだ。
「ご、ごめん突然……大丈夫………?」
葉佩のオーバーリアクションに、取手が申し訳なさそうに背中をさすった。その感触が一層葉佩を焦らせる。
「いや……気に、すんな…俺が勝手に…」
喜んでいるだけなんだから。
「でも………僕の誤解は解けた訳だし…君の誤解も解きたくて…」
なんだなんだ、お前も俺のことスキでしたーとかそんなオチが……
「君に…嫌われてると思ってたから………近づかないようにしてたけど…本当は前からこんな風に、友だち………みたいに話したかったんだ」
…なわけないか。
がっくりとしつつ、「オトモダチ」なだけいいじゃねーかよ自分、嫌われてるよりも、と葉佩は自分を慰めた。あぁ、期待は常に人を裏切るのだ。
「葉佩君?」
ごにょごにょと考え事をしていたら、突然取手に顔を覗き込まれた。灰色がかった瞳が、目と鼻の先だ。
心臓が跳ね上がって、一気に頭に血が上る。
「わ、ぁ」
後ろに逃げようと身を引いたが、残念なことに背後には固い戸棚があり、退路はない。
「どうしたんだい…?顔が、赤いけど……」
心配そうに取手は手を伸ばして葉佩の頬に触れた。体温の低さが、真っ赤な頬には心地よい。
脳味噌が破裂してしまいそうな気がして、葉佩は取手の手を振り切って立ち上がった。
「へ、へーきだって!全然!全然俺元気!」
元気は元気だが、なんかおかしな葉佩に取手は首を傾げる。首を傾げながら、葉佩君って小動物みたいだな、リスとかネズミみたいな、と取手が思っていた事は、内緒である。
「じゃ、俺は行くけど、お前はここに隠れてろよ!多分…連中もそろそろ遺跡に向かう頃だろうし、他の連中の様子見てから俺も行くわ」
「そう……」
「いいか!お前はぜってーこっから出るんじゃねーぞ!いいな!?」
凄い剣幕で念を押して来る葉佩に、取手は曖昧に頷いた。
「あとな!足音とか聞こえてきたらすぐに俺にメールしろよ?H.A.N.T.なら遺跡の中でも通じるから」
「うん……分かった、ありがとう」
葉佩の心遣いに、取手は微笑む。
微笑まれた方はと言うと、また耳まで一気に赤くなると、くるりと踵を返してあっというまに準備室から消えていった。
どう見ても焦りまくっているのに、足音一つ立てない辺りはやっぱプロなんだなーと、取手はのほほんと思っていた。



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