片思いラブ -5-




見た目のみならず、味もなかなかな取手の料理に、葉佩はご満悦であった。
見るからに幸せそうな顔をしている葉佩を見て、取手もどこか嬉しそうである。
「良かった…」
「いやー、本当マジ感謝だわ〜。ウマかった、冗談抜きにウマかったわ」
真剣に言う葉佩に、取手はほっとした顔を見せる。
「うん、本当に…良かった」
にこりと笑って、取手が葉佩に顔を近づけた。
「喜んでもらえて、本当に嬉しいよ」
「お、おう」
近づいた顔に、葉佩は一瞬緊張する。
と、取手の表情が一瞬曇る。
「………」
「え?お?あ、その、どーした……?」
悲しげな色を浮かべる取手の目に、葉佩は戸惑って言う。
取手はすいと葉佩から目を反らすと、ひどく言い辛そうに葉佩に言った。
「あの………やっぱり…は、はっちゃんは……僕の事、そんなに…す、好きじゃないのかな………」
「ひょわぁ!?」
素っ頓狂な声を上げる葉佩に、取手は困惑した表情を浮かべる。
「なななななんでそういう方向に……」
対処の仕方がわからず狼狽える葉佩に、取手はおずおずと続けた。
「だって…はっちゃん、僕と一緒にいると……なんていうか、えっと、不自然ていうか……」
首を傾げて取手は葉佩を見た。
「変に、緊張してないかい?」
心臓が、躍り上がった。
「え、な、そ」
岡に上がった金魚の様に、葉佩は口をぱくぱくさせる。
「だって、今も……」
するりと、取手の掌が葉佩の頬を捉えた。
「わ、あ、わ」
葉佩の顔がさっと朱に染まる。
びくりと震えて硬直する葉佩に、取手は寂しそうな表情を浮かべた。
「やっぱり……」
「いや、その、違……」
違う、とは。何が違うのだろうと、パンク寸前の頭で葉佩は思った。
きょときょとと視線を泳がせる葉佩の頬を、取手は両手で被って正面から覗き込んだ。
「はっちゃん……」
「あ、と…とり、で……」
緊張のあまり潤んでしまった目を、取手は酷く切なそうな目で見る。
「や……ちが、」
漏れた声は微かで、細く震えていた。言い知れない恐怖感に葉佩は怯える。
取手は葉佩から目を反らすと、掠れた声で言った。
「……………ごめんね」
くらりと頭が揺れる。
目の前が真っ暗になるような感覚は、出血多量で貧血になったときのようだ。
「とり………」
「…ごめん………」
取手は葉佩と目を合わせないまま身体を引き、背を向けて立ち上がろうとした。
音もなく離れてゆく取手の袖を、無我夢中で掴んだ。
力一杯引っ張ったせいで、取手の長身が揺らいで崩れる。
膝を着いた取手は、驚いたように葉佩の方を向いた。再び向き合った目と目に、葉佩の頭は爆発した。
「ごめん、て、なんだよ!」
「え……だ、って………」
「ごめんって、なんだ!」
涙に潤んだ目で、葉佩が叫ぶ。
「嫌いってなんだよ、ごめんってなんだよ、馬鹿!馬鹿ばか!」
堪えようとした涙が、容赦なくこぼれ落ちる。
なんて格好悪いんだろうと思いながらも、葉佩は涙も叫びも止められなかった。
ぐしぐしと鼻を啜り上げながら、頬も顎も涙でぐしょ濡れにしながら、葉佩は取手を責めた。
「なんで俺がお前の事嫌いになるんだよ!いつ嫌いだなんて言った!」
「で、も……」
取手は戸惑いながら葉佩を見つめた。身体の向きを正し、葉佩ときちんと向かい合う。
「俺はなぁ、俺はなぁ………ッ!」
取手の胸板を掴み上げながら葉佩が涙声を張り上げた。

「俺は、お前が、好きなんだよ……ッ!」

オレ、ヤッチマッタンジャネ?
と思ったのは、叫んだ後に訪れた、不自然な沈黙を聞いてからだった。
アチャーで済めばいい。それくらいで済む事だったら良かったのにと、葉佩はショートした思考の中で思った。
現実感がない。
ただ興奮の中で感じる浮遊感ばかりだ。そしてこの浮遊感が去った後、自殺したくなるくらい後悔するのだろう、とも。
「……………は、っちゃん」
ゆっくりと囁かれた言葉を聞いて、葉佩の顔から血の気が引いてゆく。
取手は身体を折り曲げて、葉佩の顔を覗き込んだ。葉佩は慌てて俯く。
穴があったら埋まって死にたいと思いながら、相変わらず止まる気配がない涙を床に落とした。
「…………」
取手は困ったように口を幾度も開け閉めしたが、やがて意を決したように葉佩の背中にゆったりと両手を回した。
体格差のせいで、取手の手足が葉佩を包む込むような態勢になる。
「はっちゃん」
先程よりもしっかりとした口ぶりで、取手が葉佩を呼んだ。
葉佩はその声を聞いても顔を上げようとしない。それどころか、増々身体を固くする、
「はっちゃん……その……本当に、僕の事……好き、なの………?」
途切れ途切れに発せられた問に、葉佩は勢いよく頭を上げた。
「……ったり前だろう!?」
きっと睨む目は真っ赤に腫れて、頬は赤々と染まっている。
「お、俺はなぁ!前からずっと、ずっと……」
ぼろぼろっと涙が零れた。
そこからは言葉にならず、葉佩はしゃくり上げながら取手を睨んだ。
声を出そうにも、震えた息しか出て来ない。
「はっちゃん」
取手の長い指が、涙を払った。
大きな掌で、くしゃくしゃと葉佩の頭を撫でる。
「ずっと………好き…だったの?嫌って、なかったの?」
「ッから、そ、…言っ……ッ!」
震える唇を噛みながら葉佩が答える。
ぼろぼろと容赦なくなみだがこぼれ落ち、頬や顎を伝ってゆく。
「は、はっちゃ……」
「の、せ……だっ!」
しゃくり上げながら葉佩が取手を睨む。
「おま、の……せい、だ、かん…な、ぁあ!」
泣き始めるともうわけがわからなくなって、葉佩はわんわんと大泣きした。
取手は困り果てた表情で、「ごめんね」とか「泣かないで」とか呟きながら、溢れ出る葉佩の涙をぬぐい続けた。
「はっちゃん……はっちゃん………」
あやすように葉佩を抱き込み、頭を撫でて目元をティッシュで抑える。垂れる洟を拭い、頬にへばりつく髪をかきあげ、取手は葉佩を慰めた。
その暖かさが、葉佩を一層絶望的な気持ちにさせた。
わかってる。自分が取手にとって「友だち」でしか無い事は、百も承知だ。
取手は優しいから、葉佩を大事な友だちだと思ってるから、優しくして暮れているだけなのだ。
てか最悪、俺の「好き」をそもそも恋愛感情として認識してねんじゃね?とか葉佩は一瞬考えてしまい、更に尚、切なくなった。
それでも取手に迷惑をかける事は本意ではないから、必死の思いで涙をねじ込もうとする。
Calm don, calm down...
葉佩はぜいぜいと肩で息をしながらも、やっと涙を押しとどめた。
「はっちゃん………ごめんね…」
取手のさりげない言葉に、また涙が溢れそうになる。
失恋てやつぁーキビシイねぇと、おどけた風に内心呟いて気を紛らわせようとするが、何故だかいつものようにうまくいってくれない。
唇を噛み締めて俯いてしまった葉佩を、取手はぎゅっと抱きしめた。
いたい。と、葉佩は思った。