片思いラブ -6-




取手の腕の中に大人しく収まっていた葉佩だが、いい加減頭も醒めて冷静になって、もうこの状態はどうにもこうにも地獄だと思い始めたあたり。
取手がぼそりと葉佩に向かって何か呟いた。
「ほぇ?」
「その……えーっと………」
思わず聞き返した葉佩に、何故か取手はどもる。
「何だよ」
赤い目元で軽く睨めば、取手は何故か赤面した。見上げる葉佩を見返しながら、取手はぼそぼそと言った。
「あの……さっき言った事、本当……?」
「……嘘って言えたら、俺様ラッキーって思うよ」
憎まれ口は帰ってきたが、心中は嵐が荒れ狂っている。本当だから、困るのだ。勢いに任せて告白してしまった、本当の気持ち。
これでもう、友だちですらいれなくなるのだ。
「あの…ということは、その……はっちゃんは、僕が好きって、事で…いいのかな?」
「……………おうよ」
答えは低く小さな声だったが、葉佩の答えは無論しっかり取手の耳に届く。
「えーっと…それでその、えー…なんていうかまぁ、その………」
「んだよ、はっきりしねぇな!」
きっと葉佩が取手を睨みつけ、脚をばたつかせた。
「キショいとかキモいとか思ってんだったら、遠慮せずそう言えよな!別に…それが、普通……なん、だ…し……」
尻窄みになってゆく葉佩の声を聞いた取手は、珍しく眉をしかめた。
「そんな風には、思ってないよ」
「ウソ吐けぃ」
「嘘じゃないさ」
「ウソだ!」
「嘘だったら、本当に気持ち悪いとか思ってたら、こんな風に、君を抱っこしたりしてないよ」
きつく言い放たれた葉佩の言葉を包み込むように、取手は優しい口調で葉佩に語りかけた。
「……ほ…………へ?」
待つ事十秒。葉佩が絞り出した返答は、余りに間の抜けた声だった。
取手がきゅうっと、葉佩を抱きしめた。
「どうしよう、はっちゃん。ねぇ?」
「……ねぇ?って……言われても、ねぇ?」
「そう…だよね……」
取手はくいと首を傾げて葉佩の頭を撫でた。
「困った事にね、僕は、気持ち悪いとかそんな事欠片も思ってなくて、むしろすごく嬉しいとか思っちゃってるんだけど」
「……ふぁい?」
「これって、やっぱり、僕も君が好きって事…なのかな?」
「…………………はぬぅを!?」
音声が聴覚器官に受け止められ、ニューロンを介して理解に到達するまで、異常に時間を要したが、理解した瞬間葉佩は奇声を発してた。
「へ?は?ほ?……えぇええぇぇえぇ?」
「うん、僕も比較的そんな気分だな」
腕の中で錯乱する葉佩のあたまをなでくりなでくりしながら、取手はそう言った。
「いやウソだろお前マジ冷静だし!俺のがよっぽど混乱?困惑?なんてゆーの?なんかこう、宇宙的ビッグバン!」
「うん、そうやって照れてるところ見ても、可愛いなー、とか……思ってたんだ。本当はね」
にこっと笑って取手は葉佩に顔を近づけた。
「ひゃ、ひゃあ……」
小動物のように身を縮こませる葉佩に、取手はまた微笑む。
「今まで…それを恋だなんて思ってなかったけど……うん、言われてみれば、そうなのかもね?」
「あわわわわわわ………」
「僕と一緒にいてね…怯えているはっちゃんを見て……すごく、悲しい気持ちになったのも、好き…だったからかな?」
「ふわぁああああ………」
「こうやって真っ赤になっているはっちゃんを見て、可愛いなって……思ってるんだ」
「ぎゃーー!もー!ヤメテプリーーーーーーーーーーーーズ!」
なんの羞恥プレイだよ!と葉佩は涙目になりながら取手を突き飛ばそうとした。が、徒労に終わった。
思ったよりも強固な力で葉佩は取手にホールドされていた。流石バスケ部★とか感心してる場合じゃねーし俺!と、葉佩はわたわたするが、一方の取手は徐々に幸せオーラを放出しつつあった。
「そっかぁ……僕は、はっちゃんが好きだったんだね……」
「いや、ちょ、ま」
「だから、皆守君と君が一緒に仲良くしているところを見て、皆守君を殺して墓地深くに埋めてしまいたいとか思ったりもしたんだね」
皆守ごめん、今一瞬嬉しいと思った俺ごめん。
「いやそのさ、かっちゃん!」
「何だい?」
にっこりと微笑みかけられて、うわぁ、その笑顔は反則だろうと葉佩は呻く。
「その……いや勿論嬉しいんだけどさ、よーく考えてみ?俺ってばバリッバリの男の子よ?」
「知ってるよ」
「しっかりシモには付くモン付いてるし、胸はぺたんこで身体は筋肉質よ?」
「知ってるよ」
「でさ、そのまぁ俺を好きとかそういうの、気軽に言ったらヤバいべ?かっちゃんホモなっちまうべ?」
「うん、いいんじゃない?」
「いや明らかよくねーし!」
思い切り関西人のノリで取手の胸板に突っ込みを入れてしまう。
手の甲に触れた取手の胸が、予想以上に固かった事にほんのりときめいたのは、内緒だ。
「いいか!聞け鎌治!ホモってのは茨の道なんだぞ!存在しているだけでキモがられるは絵的に美しくないわ出世には響くわ、いいことなしだぞ!そりゃもう後ろ指刺されるどころの話じゃないっちゅーに!俺はともかくお前は将来有望なんだぜ?こんなトコロで人生安売りするべからず!」
「うん、知らない」
わぁあ、この人結構俺様だよ、何この返し、俺の気遣い見事に瞬殺♪と葉佩は顔で笑って心で泣いた。
葉佩にしてみたら青天の霹靂に喜ぶ以上に困惑が大きい。エジプトならまだ納得できる展開だが、ここは日本だ。
しかも相手は純粋培養の日本人。一体どこにホモに走る必要があるのか。
「色々考えてるみたいだけど、性別とか、関係ないから」
「なくない!それなくない!」
「それに、多分どうせ、女性を愛する事は出来ないよ」
その発言は倫理的にホモよりどうかと…と葉佩は内心思ったが、口には出さないでおいた。
実際、取手にとって姉を超える存在足りうる女性を見つける事は、相当困難だろう。
なんといっても、本人が既に死んでいるのだ。
記憶の中で、取手の姉は一層美しく、優しく、清純になってゆくのだろう。
そう言われてみれば納得しなくもないのだが。
「ねぇ、君は僕が好き?」
「…………あぅ」
沈黙の後、葉佩は渋々頷いた。
「それでも、嬉しくないの……?」
取手の目の奥にある光が哀しみだと気付いた葉佩は、ちくりと胸が痛むのを感じた。
そう、失恋の痛みは、つい今しがた感じたではないか。
「かっちゃん……」
「僕は、君が好きだよ……」
「………」
葉佩はきゅうっと眉を寄せた。
「後悔……すんなよ?」
「するわけ、ないよ……」
取手はそう囁くと、そっと葉佩に唇を押し当てた。