3




葉佩九龍は誰も見ていない。

恋は盲目ではあるが、しかし同時に人を鋭敏にもする。取手鎌治についても同様であった。もともと平静を失うタチではないし、熱情が高まる程むしろ九龍の言動には敏感になっていった。
九龍の闘い方、言葉、動き、表情。
そのどれもが誰も関知していないことは、やがて知れた。
唯一緋勇龍麻だけが九龍の領域に踏み込めるようだったが、緋勇自身は必要以上に九龍に近づく気はないようだった。龍麻にとっては九龍はあくまでも「可愛い弟分」でしかないのだろう。九龍もそれは同様のようで、弟扱いされる事に疑念も不満も見せず、むしろ毎度多大な迷惑を掛けられつつも、緋勇に構ってもらえることが嬉しそうだった。
しかし、それだけだ。
九龍はいつも誰かと一緒にいる。授業中も休み時間も、彼の周りには笑い声が絶えない。その賑やかさが苦手でちょっと距離を置いて立つ取手にも、九龍は平等に声をかけた。
だがよく考えてみればそれは異常なのだ。
どうして誰もを平等に、仲良く、扱えるのか。個性を通り越してアクが強いとしか言えないこの集団の中心にあって、何故皆を平等に分け隔てなく不満なく扱えるのか。会話を聞けば、分かる。九龍は自分の意見は言わない。聞いてもらいたがり屋な思春期の高校生達の語りかけに笑顔で応対しているだけだ。巧みな話術に皆気づいていないが、九龍はしょっちゅう意見を矛盾させている。恋に心を乱されながらも分析能力は乱さなかった取手にはそれが、分かった。
つまり。
葉佩九龍にとって自分を取り巻く諸々の人は、皆すべからく「笑顔で適当にあしらっておくべき人間共」に過ぎないという事である。
そして、取手も。

その気付きは取手鎌治の心臓を急速に凍らせた。