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三日だった。
その間隔で、取手は九龍を抱いた。激しく、恐ろしいほどの快楽を伴って。
取手が九龍の部屋を訪れる事も会ったし、メールで呼び出される事もあった。遺跡で待ち伏せされたりもした。不思議と、九龍はそれを拒めなかった。
本気で拒もうとするならば、取手と連絡をとらなければ良かった。メールに律儀に答えて部屋に行く必要などなかった。遺跡にいるのだとしたらその日は単独で潜る事を止めればよかった。
しかし、九龍はそれができなかった。
それどころか、気がつけば「今日がその日だ」と朝から浮き足立ったりした。心拍数が上がり、頬が赤らむ。そんな自分に気付いて九龍は愕然とした。これでは淫乱な娼婦のようではないか。抱かれる事を、望んでいる。
断じてそんな事はないのだと何度も自分に言い聞かせるが、しかしそんな意図に反して、九龍は取手の腕から逃げられなかった。
取手にもそれは伝わっているに違いない。しかし特別にそれを口実に九龍を責めたりはしなかった。部屋においでというメールに素直に従って取手を訪ねた九龍を笑顔で迎えると、「いい子だね」と言った。それから全身が汗と唾液と精液でどろどろになるまで、抱かれた。
最後はもう覚えていない。朦朧とした意識の中で取手の上に跨がされ、淫らに腰を振っていた記憶が、うっすらと残っている。痴態を思い出すにつけて、死んでしまいたくなるくらい恥ずかしくなった。後ろから、前から、下から、ありとあらゆる角度から九龍は犯された。
蘇る記憶を必死で意識の奥に追いやって、九龍は夜の校内探索に出掛けた。今日は二日目。一昨日の晩抱かれ、そして明日の晩、抱かれる夜。
人気も光もない道を慣れた足取りで歩く。月明かりもいらない。用具室を物色した後に、体育館に寄る。
いつもは人気のない体育館が、その晩は少し違っていた。
(人がいる…)
入り口の前で、九龍は足を止めた。じっと耳を澄ますと、一人分の足音とボールをつく様な音が聞こえた。また怪談だろうかと、苦笑を漏らす。つくづくおかしな学校である。巷の高校とは比べ物にはならないくらい厳しい校則がある一方で、全然守られていない。そのくせ、フラストレーションを発散するためのネタには事欠かないときている。いや、ひょっとして自分がよく知らないだけでどこの高校もこんなものなのかもしれないが。
周辺を歩くと、何カ所か入り口が開放されていた。その一つから、中の様子を伺う。体育館は月の明かりに照らされ、その中に一人の人間の姿が浮かび上がっていた。
取手だった。
ハーフパンツにだらりとしたTシャツで、取手が独りバスケットのボールを追っていた。見えない敵相手に闘っているのだろうか、ディフェンスを躱す仕草を交えながら、端のゴールから端のゴールまで行き来する。遊びというにはいささか激しすぎる動きに、九龍は少し、驚いた。
驚いてから、そうか、そういえば取手君はバスケ部だったなと気を取り直す。夏は過ぎてもう引退しただろうが、好きでやっていたことならば今でもこうして練習をしていてもおかしくはない。
ふっと気を緩めた気配が伝わってしまったのだろうか。取手が不意に九龍の方を向いた。失態、と呟きながら、九龍は頭を下げた。
「こんばんわ」
「あぁ、九龍君か…」
やや息が上がっている。あれだけ激しい動きをしていたのだ、当然だろう。
汗でへばりついた髪を掻き上げながら取手が九龍に歩み寄った。
「バスケット、好きなんですね」
九龍の言葉に取手は無表情のまま頷いた。額から顎まで零れる汗をTシャツの裾を引っ張って、拭く。不意に露になった取手の腹部に、九龍は意図せずして赤面した。どうか夜闇に紛れていますようにと、九龍は少し俯いた。
「請われて始めたんだけどね、最初は。今ではピアノと同じくらい、好きになってしまった…」
低く掠れた声は、いつもは聞き取りにくいのだが静寂の中ではよく響いた。
「そうだ」
髪をまた掻き上げながら取手が言った。
「君も、一緒にどうだい?」
かっと、体温が上昇した。突然、取手の汗の匂いが九龍の鼻を打ったのだ。
その瞬間、九龍の頭の中に今までの記憶が一輝に溢れ出した。汗の匂い、張り付いた髪、晒された腕と脚。熱気、痛み、喘ぎ、途方もない、快楽。
「え…あ、ぼく、は…」
上擦る声を必死で抑えた。
取手の目が、見れない。
「ルールとか、知らないんです。今までスポーツとかやった事ないからだから」
「できないんだ、ね…」
静かに囁かれた取手の声がひどく近い所で聞こえて、はっと顔を上げると、すぐ目の前に取手の顔があった。
顔に滲む汗、上気した頬、弛緩した瞳、額に張り付く髪。それらが先刻までの激しい運動に因るものだと頭は理解している。それなのに、鼓動が止まらない。
「ねぇ、九龍君」
「なん…ですか…」
あまりに近い顔に、九龍も自然と声が小さくなる。
「僕にはね、人の鼓動も、聞こえてしまうんだ…」
九龍の心臓が跳ね上がった。跳ね上がり、全身から冷や汗が吹き出た。
硬直する九龍からすっと顔を遠のけると、再びボールをつき始めた。背けたいのに、九龍の目は取手を追ってしまう。長い手足を力強く、平素からは想像できないくらい力強く動かす、取手の姿を。
その取手の口元が、にぃっと、歪む。
「やっと、僕を見たね…九龍君」