重なる -5-




緋勇龍麻は憮然としていた。
トテモジャナイガ気ガススマン!
内心でガンガン聞こえる不満の声を、なけなしの理性で押し込んでみるが、しかしだからといって溜め込んでいる不快感が解消されるわけではない。なんなんだこのタイミングはと毒づくが、毒に流される程子どもだったら良かったのにとも思った。
だが苛立を持て余す一方で、わざわざ自分を呼び出すのだからそれ相応の事があっての事だろうとそれぐらいは予測していた。後見人は龍麻が彼に反発している事を知っているし、それ故にこそ滅多な事で自分から連絡を取ろうとはしない。多忙な職務の合間を縫って電話で龍麻を呼びつけた後見人、鳴瀧冬吾の声の固さを思い出す。と同時に来るべきモノが来たなとも、思った。
今まで秘匿されてきた龍麻の存在だが、最近徐々に簡単な法術では覆い隠せないくらいに気が高まっている。おそらくこれから一層高まっていくのだろう。
自分自身の特異性は経験から学んでいるし多少の知識も持っている。それに家系上、そうした特異体質というのは一部の裏社会に住む人間にとって稀なる宝なのだということも学んでいた。異形が龍麻に惹かれるように、人もまた龍麻に惹かれる。それがいわゆる一般的な「好意」の枠に留まっていてくれれば龍麻としても非常に気が楽なのだが、残念ながら世の中はそこまで甘くない。不逞の輩に不安定で厖大な力を溜め込んでいる龍麻を穢されないように、祖父を始め実に多くの人間が全力を注いで来た。
しかし完全に法術で龍麻の力を押し込んでしまえばそれは即ち龍麻の精神的な活動停止を意味する。龍麻の周辺の人々はそのような手法をとらない程度には確実に彼の事を愛していたから、「人目につかない」程度に抑える法術を施してきた。しかし、それももはや破られようとしている。
それを理解したからこそ、龍麻の師である加津葉紫郎と鳴瀧冬吾は、龍麻をあえて都会に住まう自らの近くに呼んだのだ。
遅かれ早かれそういった龍麻の存在に邪悪な興味を持って接触してくる存在がいる事は予測がついていた。それ故に、拳武館の主である鳴瀧から呼び出しを受けた時に来るべきモノが来たと思ったのだ。
尤も、鳴瀧の事だから自分をその「始末」に関わらせようとはしないだろうと龍麻は読んでいた。
独立独歩の精神が旺盛な龍麻としては、自分に降り掛かった災厄は自分自身の手で叩きのめしたいところだったが、ここ数年に渡る葛藤の結果、鳴瀧の頑固の固さは自分のそれに勝ると学習したため好きにさせる事にした。
いずれにせよ、ニンゲンが出来る事などたかが知れているのだし。
しかし如何せん拳武館に直接呼び出されるとは気分が悪い。おそらく鳴瀧側の事情だ。鳴瀧がこなしているだろう仕事の量を考えるとそれはごく自然で致し方ない事だとは思ったが、昨日の今日である。龍麻は先日自宅近くの公園で再会した拳武館の少年の顔を思い出した。
全くもって気分が悪かった。
なんで自分がこんなに不快になるのかは知れなかった。不覚にも助力された事、異形の妙な数の多さの原因、再会した時の態度など諸々理由は思い浮かんだが、基本的に他人に干渉しない自分の性分を考えるとどれも適切ではないような気がする。一瞬考え込みもしたがすぐさま龍麻は気を取り直した。
拳武館に来たからといって遭うわけじゃないし。
しかし龍麻の淡い望みは、数十分後にもろくも打ち砕かれたのだった。

「龍麻、壬生紅葉だ。君の警護の責任者になる。紅葉、彼が緋勇龍麻だ」

ジーザス。
神は死んだ!