夢妖 -3-




「かなり気が弱まってるね、何があった?」
「よくは……今朝学校でいきなり倒れやがって、保健室に連れて行ったら何故か犬神って野郎がいやがってそいつが…」
「ほぉう、犬神がねぇ。相も変わらず鼻の利く奴だよ」
ふふんと鼻を鳴らした様子からすると、旧知なのだろう。それならばここを紹介したことも不自然ではないと京一は独り合点した。
ここは東京都内…どころか日本国内でも珍しい、霊的治療を行う施設である。そのことについては、京一は師匠から伝え聞いている。
病院長の岩山たか子は、容姿や物言いには若干の難はあれど腕は確かで、日本のみならず世界に知れた霊的治療師なのだ。今まで診てきた患者は星の数どころの話ではない。
が、実際のところ霊的脳力による治療は今現在非合法で、桜ヶ丘病院も表向きは産婦人科で通している。
「第四ステートにも反応が見られない。第五ステートか…いや、それ以下の階層に霊が潜り込んでいる」
「わかるか。さすがだな」
龍麻が発した言葉に、岩山が頷く。
高見沢は相変わらず場違いなほどに和んで見えて考えの程は知れないが、他の四人には全く意味が分からない。
アン子が質問しようと口を開いたが、それはすぐに龍麻の言葉にかき消された。
「話を聞くかぎり……内部要因は考えられない」
「おそらく外部からの干渉だろうね…心当たりは?」
急に振り返られて三人は慌てる。
「葵に何らかの恨みを抱く者を知らないか?」
もう少し噛み砕いて龍麻が質問を繰り返す。
「恨みって……」
皆首を傾げる。あるとしたら、あまりに真っ当すぎる優等生への逆恨みだろう。しかし逆恨みをしそうな生徒も三人の脳裏には浮かばなかった。
「あ!」
と、アン子が声を上げた。
「これ……さっき言ってた昏睡事件に…すっごく似てる。日中突然倒れてそのまま………そういえば…」
すっとアン子の顔が青ざめた。
「美里ちゃんも…例の被害者たちと……同じ中学校だった、と…思う……」
「なんだって!?」
小蒔が声を上げた。
「おい、遠野ッ。いい加減な事いいやがったら許さねーぞ!」
詰め寄る京一にアン子が噛み付いた。
「だ、だって!仕方ないじゃない本当の事だもの!」
「それじゃ……それじゃ葵がいじめグループの一員だったっていいたいの!?」
「うるさいよ!」
ややヒステリックな小蒔の声に岩山の叱責が飛んだ。
「ごめんね〜、たか子先生はぁ〜、女の子には厳しいんだぁ〜」
えへっ、と高見沢が小声で小蒔に囁く。が、小蒔の表情は晴れない。
「龍麻」
横目で高見沢を睨みつつ、岩山が龍麻の方を向いた。
「潜れるか?」
「無論」
なんの事を言っているか、皆は理解できない。しかし解説する事なく岩山は龍麻を結界の中に招き入れた。
「術者まで観れるかは分からんがな…善処しよう」
「おおまかな居場所が特定できれば問題ないだろう?」
岩山の言葉に龍麻は頷いた。
高見沢といえばこれから何が起こるのか承知のようで、岩山に言われる前に必要な道具を岩山に手渡した。
そして他の四人の方に向き直り、「ぜぇったいに〜龍麻ちゃんに話しかけたり〜結界の中に侵入したりしたらぁ〜ダメですからね〜」とにこやかに言った。
「話すな触れるなって…」
「お約束を破っちゃったら〜龍麻ちゃんが〜植物人間になっちゃうかもよぉ?」
浮かべられた微笑みを、京一は恐ろしいとすら感じた。
「うふっ、大丈夫。お約束を守ったら安全だから〜」
「安全ってよぉ!」
「静かにしろ!始めるぞ!」
岩山の声に結界の中を見れば、美里と龍麻の身体が淡く発光していた。
美里は結界の中央に横たえられており、一方龍麻は美里の頭側に立っている。岩山は見守るように龍麻の脇に控え、呪具を手にして真言を唱えていた。
「な…なに、これ……」
小蒔が呆然と呟いた。声にこそ出さなかったが、醍醐も京一も同じ気分だった。
龍麻は両の掌を美里の肩に付け、目を閉ざしている。光は掌から強く発せられ、淡く全身に広がって二人を包んでいる。
「一気に第五ステートまで潜入する。サポートを頼むぞ、たか子」
「ふん、言われるまでもないさ」
岩山が言った瞬間、龍麻の身体が小さく跳ねた。
四人は、固唾を呑んで龍麻を見守った。





深い

   光     影
      と
                  の奥
深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い
奥へ

                     逆巻く海が
厖大な言葉と想いと知識と記憶と感情とそれらの残滓を取り巻く名も無き無数の


書庫

高い天井
  は温
          もりのある色彩
    大量の

もっと         深く

奥へ
奥へ奥へ奥へ奥へ奥へ奥へ奥へ奥へ奥へ奥へ



       志向と欲求の混沌



群青の

       底

                銀の
                     粒

 扉  開く  先へ  まだ  先へ  奥へ







荒涼とした砂漠に龍麻は居た。
美里の気配を強く感じる。
自らの感覚を拡大させる。
ここはどこか。
物質世界における座標を特定しなくてはならない。
意識世界と物質世界のリンケージポイントを探るには、かなり高度な技術と経験が求められる。
が、龍麻にとってはここは慣れ親しんだ世界である。
しかもアン子の見立てが正しいならば、少なくとも東京都内に座標が存在する事は間違いない。
地球単位で座標確定を行ってきたのだから、ここまでくればもう簡単である。

見えた。

現実世界の座標は龍麻の意識の中に固定された。
瞬間、「悪意」が龍麻を包んだ。
発見されたか、と龍麻は思う。
まさか第七ステートに干渉できる人間がいるとは正直思っていなかった。
いや、単にアクセスできる人間は、無意識のダイブも含めればそれなりの数存在するだろう。
しかし術者はダイブするにのみならず、他者の霊を引きずり込み拘束しているのだ。しかもここまで素早く潜入を察知するとは。かなりの腕と思っていいだろう。
これ以上の長居は無用。
美里の身体を介してのダイビングである、ここで下手に動けば美里の精神に傷が残る。
龍麻はあっさりと引き返した。
「悪意」は、第六ステートまで追ってきたが、第五ステート以降、着いて来なくなった。