夢妖 -4-




「……っく!」
再び龍麻の身体が軽く痙攣したのは、僅か数分後の事であった。
「く………」
軽く頭を抑える龍麻に、大丈夫かと岩山が声を掛ける。
「緋勇!」
「緋勇さん!」
「大丈夫。ただのダイビングだ……他者の精神を介してのダイブは久々だったら、多少神経は使ったがな」
ふうっと息をついて二三度頭を振ると、龍麻は結界の外へ出た。
「術者は確認できなかったが、かなりの使い手のようだ。現実世界での座標は特定できた。今から向かう」
「なんだって!?」
「じゃ、じゃあ、葵をこんな風にした奴の居場所が分かったの!?」
早速食らいついてきた京一と小蒔を軽く睨みつけ、龍麻は手を振った。
「足手まといだ。付いて来るな」
そんな、と小蒔が言葉に詰まる。
あんまりな言い様に、さしもの醍醐も眉間に皺を刻む。
「緋勇……」
「おめー、また俺たちが関係ねぇって言いたいのかよ!」
吠え立てる京一を、緋勇は氷のように冷たい目で見返した。
「関係なくはないな。お前達は美里葵の友人だ」
「じゃあ……!」
「関係あろうがなかろうが、足手まといだ」
すげなく返される。取りつく島も無いとはこの事だろう。
龍麻は三人には構わず、踵を返して部屋のドアに手を掛けた。
「龍麻」
岩山が龍麻を呼び止める。
「高見沢を連れて行け」
岩山の言葉に、龍麻は目元を厳しくした。
「必ず、力になる」
力強い言葉を受けて、龍麻は高見沢に目をやった。
「ねぇ〜、舞子ぉ、絶対〜役に立つよ〜」
首を傾げて微笑む高見沢を、龍麻は直視した。
龍麻の目つきは睨みつけていると言っていい程の強さで、端から見ている京一達ですら背筋が若干冷えた。
だというのに、高見沢は何事もないようににこにこと笑ってその目を受け入れた。
根負けたのか、岩山の言葉を信じたのか、龍麻が頷いた。
「舞子とか言ったか……良いだろう。来い」
「はぁ〜い!」
まるでピクニックにでも行くような気楽さで、舞子が手を上げて返事をした。短い笑い声さえ上げて、龍麻の腕を取る。龍麻は面倒くさそうにしながらも、高見沢の好きにさせた。
「ッおい!」
当然、面白くないのは京一達である。声を荒げて龍麻に詰め寄った。
「コイツはいいのに、何で俺たちは駄目なんだよ!」
「さっきから言っているだろう。足手まといだからだ」
「俺たちは足手まといで、コイツは違うってのか!?」
「そうだ」
簡潔な答えが、一層京一の頭を熱くする。
目の前が真っ赤になる思いで、京一は龍麻を睨みつけた。が、龍麻はそんな京一の様子を意に介した様子もなく、重ねて理由を述べた。
「たか子が役に立つと言った。だから実力は信用できる。だが」
くいと首を傾げて、龍麻が京一達四人を眺め回す。
「だがお前達の実力は、一体誰が保証してくれるのだ?」
間違いなく岩山は霊的治療の世界的な権威である。素性がどうであろうと、岩山が推すというその事実が、高見沢舞子を保証する。
だが、京一達にはそれがない。
否、京一にはいる。岩山は、京一の腕を知っている。しかしそれが果たして岩山の推薦に耐えうる力であるかについては、残念ながら京一自身が疑いを心のどこかで抱いている。
自分たちの熱意、自分たちの実力を証明する手だてがどこにも無い事に、京一、醍醐、小蒔は、愕然とした。
確かに人とは異なる力をもっている事は間違いない。それは覚醒の瞬間に居合わせた龍麻自身、承知しているだろう。
だがそれを持ってしても三人の参戦を拒むのは、力を持つ事と実戦で役に立つ事とが、必ずしもイコールで結ばれない事を、龍麻がよく知っているからである。
また龍麻の考えの正しさを、三人は三人なりに理解してもいた。
だからこそ、三人は沈黙した。
龍麻の言葉に、何も返せなかった。
口を閉ざした三人を見て、龍麻は再び踵を返し、部屋を出ようとした。
が、龍麻は再度引き止められた。
「待ってよ」
震える声で龍麻を引き止めたのは、遠野杏子であった。
「待ってよ」
もう一度、先よりも大きな声で、アン子が言う。
龍麻は首だけをアン子に向けた。
龍麻の、冷たい静かな目線を、アン子の熱く震える目が見返す。
「力があるとかないとか、そんなの関係ないでしょ…。足手まといだろうが邪魔だろうが…あたし達は美里ちゃんの友達なのよ……ッ」
きっと龍麻を睨む目には、うっすらと涙が滲んでいる。
「そりゃ、アタシは仕方ないかもしれない。アタシには……アンタ達みたいな特別な力は無いもの。でも……でもだからこそ、この三人を、連れてってよ!」
悲鳴に近い声を聞き、龍麻はゆっくりアン子に歩み寄った。
「何故だ?」
紡がれた言葉は常の冷静さだったが、発せられた声の存外な優しさに、京一達は目を見開いた。
当のアン子はその声音の変化には気がつかなかったのか、顎を突き出して龍麻を睨んだ。
「力をもつコイツ等でも美里ちゃんのために戦えないなら、力の無いアタシには何が出来るのっていうのよ!せめて…コイツ等が戦えるんだったら……アタシにだって何かあるかもって、思える。でも……」
震えだす唇を、アン子は噛み締めた。
「コイツ等でさえ何もできないんだったら、アタシは美里ちゃんを……心配する資格さえ無いって……それしか、そう、思うしか………」
溢れ出しそうな涙と戦って、アン子は声を振り絞った。
アン子の言葉を聞いた龍麻は、そっと目を閉じて俯いた。
じっと、考え込むように沈黙する。
美里葵。
遠野杏子。
桜井小蒔、醍醐雄矢、蓬莱寺京一。
しばしの無言の後、龍麻はゆっくりと言葉を紡いだ。
「また、人が死ぬ」
びくりと、皆が肩を震わせた。
「私が殺す」
いい知れない緊張感が、辺りを包む。
「だが、付いて来るならば、それは私ではなく、お前達になるかもしれない」
顔を上げ、龍麻が京一達を見る。
伸ばされた背筋と、燃え上がるように光る目が、龍麻を一回りも大きく見せる。


「美里葵のために、人を殺す覚悟があるならば……来るがいい。墨田区、白髭公園だ」


ぱたりと、ドアが閉まる音を、京一達はどこか遠くで聞いた。